Sunday, February 24, 2013

ネゲントロピーという考え

技術が進化し文明が進めば進むほどエントロピーは逆に増大するというパラドックスを抱えている。そこで社会をエントロピー現象系にするには、資源やエネルギーを摂取・変換するだけでなく、エントロピー放出までを含めたネゲントロピー的機構が必要となる。





現代の自然科学や工学の中で発達が遅れているのがこのネゲントロピー機構に関する理論や技術になる。もちろんどう頑張っても系全体のエントロピー発生量を減らすことは出来ない。シュレディンガーが負のエントロピーと呼んだこの機構が成立するのはあくまでも部分的なものである。生物が体外にエントロピーを放出できる機構が存在さえしていれば生命が続いたように、人間社会の中にでも各社会からエントロピーを放出するか、又は社会内にネゲントロピー的な理論や技術が存在さえしていればそれでOKになる。

過去にどれだけ栄華を誇った生物(恐竜など)だろうと、環境変化に適応してゆくネゲントロピー的機構を持たないものは淘汰されてしまう。だからこそ闇雲に多くのエネルギーを使い、効率よく多くの資源を摂取すればいい、そうすれば人類は繁栄し続けられるという発想は間違っていて、それだけではエントロピーを増大させるだけで、環境適応が困難になり、エントロピー増大の先にある熱死状態に行き着くのを早めるだけになってしまう。

ネゲントロピー的機構を持つためにはどうしたら良いか。このためには個人主義とか合理主義だけではだめで、個と全体との調和のある、相互に互いを満たす文明へ変化する必要がある。

さらに何が必要か。まだその答えは分からないが、ヒントとなるのは35億年にわたってエントロピーの法則に対抗してきた「生命」のなかにあるかもしれない。


「物質が下降してゆく斜面を、上昇してゆこうとするのが、生命である」
アンリ・ベルクソン

『エントロピーからの発想』武田修三郎

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